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音楽理論について 「音楽は理論じゃない!」

2014.12.08

category : 音楽講座のような何か


よく、音楽理論の話になると、
「音楽は理論じゃない!」と言う人が居ます。

こういう人には大まかに2パターン居て

「音楽理論をある程度勉強した上で言っている人」

「音楽理論を全く知らないけど言っている人」

です。

後者の“音楽理論を全く知らないけど
「音楽は理論じゃない!」と言っている人”

は、少し僕の話を訊いてみて欲しい
と思います。




「音楽は理論じゃない!」

もちろん、それは少なくとも間違っていないと僕は思います。

しかし、同時によほどの天才でない限り、

“音楽理論を学ぶこと”には
ある程度の意義があるのではないか
とも僕は考えています。

僕もまだまだ勉強が足りませんし、
知らないことは山の様に、海水の様に、
物凄く沢山ありますが

それでもある程度こういった「音楽理論」と
呼ばれるものを10年近く学んできて感じることは

「むしろ勉強すれば勉強するほど、制限から自由になる。」

ということです。

というのもよく話をきいていると後者の
「音楽は理論じゃない!」と言う方たちには

「理論を知らないと縛られるルールが無いし、
「なにやってもOK」だから自由な創作ができるけど、
理論を勉強すると色々なルールがあるので
自分の考えを制限される!個性が無くなる!
似たようなものになってしまう!」

と思っている方が
多くいらっしゃるように感じられます。

しかし、そもそも、音楽理論は数学や物理などの
「理論」とは違い、"唯一絶対の定理"的なものではなく
「今までの歴史上の天才たちのやってきた実践を体系的に纏めたメソッド」
というニュアンスに近いものです。

「理論」という名前ですけども、
あんまり論理的でもありませんし(笑)
これが絶対的な制限というものでもありません。

例えば、ワーグナーが和声を解体し、
シェーンベルグが調性を破壊したように
過去の音楽家たちは
理論を作っては破壊し、作っては破壊し…
というようなことを
ずっと繰り返してやってきています。

ですので、
「こういう時はこういう風にやる人が多いよー」
くらいの感じで、勉強すれば勉強するほど、
「これもOK」、「あれもOK」…となり、
とどのつまりは「何をやってもOK」になっていきます(笑)

ただ、この「何をやってもOK」は
理論を学ぶ前と学んだあとでは
明らかに強度が違ってきます。

そういったことから、
「理論を学んで失われる個性には初めから価値は無い」と
いったことを仰っている方もいらっしゃいます。




更に言うと、「理論を知らない」ということは、
実際には殆どの人にとって
そんなに自由なものでもないと思います。

…それは、どういうことなのかというと…


大概の人間が”気持ち良く感じる響き”は
結構似通ったところも多いため、
理論的な知識が全く無くて初めて作曲をする人の
作るものは結構似通っていたりすると言います。

また、楽曲を分析する手段が乏しいため
知らず知らずのうちに悪い意味で
「自分の感性に囚われ過ぎてマンネリしていても気が付かない」
ということもよく見受けられます。

また、自分のアタマの中でカッコいい響きや
メロディーが鳴っていたり、
特定の曲を耳コピしようとした時に
それをどうやって再現すれば良いか分からなくて困る
ということも結構あるのではないかと思います。

もちろん、ここら辺の問題を天稟と耳の良さで
学ばずして容易に飛び越えて行く人も実際いますけど
そこまでぶっ飛んでいる天才は
なかなか居ないというのも事実だと思います。




そして音楽理論…特に和声の理論は

絵を描くことに例えるならば

「どの色とどの色を混ぜれば何色になるか」、
といったことを学ぶこと だと思います。
(混ぜ過ぎると無彩色になっていくのも音に似ていますし)

いきなり白いキャンバスと12色の絵の具を渡されて
何もわからずに描く絵が悪い というわけではないですが、

色の混ぜ方を学ぶと、今自分が欲しい色を
1から試行錯誤してその色の配合を探すという
労力を使わなくて済むようになりますよね。

そして、その分製作のスピードを上げたり、
他の部分に力を注ぐことができ、
結果的に作品のクオリティを向上させることに
繋がるような気がしています。

そもそも音楽の良し悪しは、
和声的な理論で考えられる部分以外にも

音色、リズム、楽器演奏のニュアンス、
録音環境、再生環境、
演奏者の精神状態、
アーティストのエピソードやルックスなどなど…

挙げれば無限に近い程
沢山の要素に左右されますしね。

また、理論を学ぶことによって過去の
音楽家たちの作品や感性を少しでも理解したり
自分の中に取り込めたりすることとも
大きなメリットとして考えられます。

そうして、こうやって色々な知識、技術を
たくさん自分の中に取り入れて
学び続けていく、その中で考えるべきことが


「音楽は理論じゃない!」


と言うことではないでしょうか。




「モダン・ジャズの帝王」とも言われる有名な
ジャズトランペット奏者の故マイルス・デイビスは

「学べ、そして忘れろ。」
という事を言っていたようです。

「理論を学び、自分の感性の支配下に置くこと」が
ある種理想的な音楽理論との
付き合い方ではないかと 僕は考えています。
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